葬儀社天国社によるスタッフブログ

落語にはまっています。

 

ウォ―キングを始めて2年が過ぎるのですが、ただぼぉ~っと歩くのはツラいものです。

最初は音楽を聴きながら歩いていたのですが、やはり飽きます。

 

そこで漫才を聴きながら歩いてみました。自分の好きな芸人さんを選ぶのですから、

もちろんオチがきたら100%笑います。

 

するとどうでしょう。50オーバーのおっさんが笑いながら室見川河畔をトボトボ歩いていれば、

通報されるか職質を受けかねません。そして何より恥ずかしい。断念しました。

 

落語に行きつきました、結果。奥が深いです、落語は。人間国宝を3名も輩出した伝統芸能です。

聞くところによると古典落語は江戸時代には完成されたとか。新作落語を除けば、『芝浜』や『死神』『時そば』など

江戸時代から現代までいろんな噺家さんが同じお題を脈々と受け継いでいます。同じお題でも噺家が変われば、状況や心象、印象

がガラリと変わります。

そこで、『時そば』なら柳家小さん、いや、志ん生だ。という風になるわけです。

 

伝説の落語家を2人。

 

8代目桂文楽。この人は謹厳実直で稽古の虫。ところが晩年の高座の大事なヤマ場で絶句して、台詞がとんで出てこなかった時、

「申し訳ありません。もう一度勉強しなおして参ります。」

と言って舞台を降り、二度と高座に上がらなかったそうです。

 

5代目古今亭志ん生。この人は破天荒。大酒のみで博打好きの女好き。でもどこか憎めない愛嬌があり、晩年は二日酔いでも高座に

上がり、噺の途中でも居眠りすることがあったそうです。

すると、お客さんの方から、

「志ん生がせっかく寝てるんだから、寝かせといてやれ。」

と言って帰ったとか。

 

両極端な2人ですが、どうあってもまわりが放っておけなかったという事でしょう。

2人には遠くおよばなくとも、人として少しでもそうありたいと願う、業務 永倉でした。